アナログ世代
コンピュータを我が友として戯れ始めてからどの位経つであろうか。遊びでコンピュータを使い始めてかれこれ30年近い。その割には未だに思考がアナログ的なのが気にかかるが頭の老化防止には格好のおもちゃとなっている。
我々の年代はデジタルの世界から取り残された典型的なアナログ世代らしくインターネットや電子メールはもとより携帯電話さえも使いこなせないでいる。最初から扱いのややこしさから敬遠しがちで自ら積極的にその世界に入ることに抵抗感があるのだろうか。確かにデジタルの世界は便利であると感じつつもデジタル技術の進歩がもたらす多機能化がアナログ的思考では追いつけないのがその理由かも知れない。
家電製品の殆どがデジタル技術のお陰でやたらと機能が増えアナログ人間にはとても使いこなせず殆どデジタル化の恩恵を放棄しているに等しい。息子や娘あるいは孫達に操作して貰ってかろうじて文明の利器の便利さを享受しているのが実態だろう。
IT革命が取りざたされた90年代は定年退職を間近に控えた多くのサラーリーマンは管理職として最後の追い込みとばかり仕事に精励していたが実務はすべからく部下が行い面倒なパソコンをいじくり回す等はあり得なかったに違いない。部下から見れば何も出来ない何も知らない上司と思われていたであろうに、その事に気が付かずに退職し自由の身に置かれて初めて情報量の少なさに戸惑い自分では何も出来ないことに気がつく。
実は今高校時代の同級生有志を募り文芸展を8月に開く予定にしている。どういうわけか私がその事務局の代表にさせられ出展者とのコーディネーションをすることになってしまった。総勢24名ほどの出展者だが全員同じ年齢でありディジタルの世界から取り残された典型的なメンバーばかりだ。
連絡にメールも使えず情報の共有化もままならない。致し方なくホームページを作成して情報の共有化を目論んだが考えてみたら殆どの者がパソコンを所有しておらず所有していても部屋の飾り物と化しているのが実態だ。
致し方なく必然的に電話やFAXでのやりとりとなる。これらの機器はデジタルでも手段はアナログ的である。聞き間違いや読み取り難さが発生したり、時間もかかり、費やした時間の割には情報量の少なさに苛立ちが生じてくる。せめて電子メールのやり取りができればどんなに楽な対応が出来るのにとつい愚痴がこぼれてしまう。
やはりアナログ世界で事を運ぶにはある種の忍耐が必要なのかも知れない。そんな事を言いながら銀行のATMの前に立って緊張している自分の姿が奇妙で矛盾しているが、きっとスローライフとはアナログの世界に生きることなのだと自らに言い聞かせ今宵もLPレコードに針を落とし古き良き時代の郷愁に浸っている。
私もやはりアナログ世代ではないか!
我々の年代はデジタルの世界から取り残された典型的なアナログ世代らしくインターネットや電子メールはもとより携帯電話さえも使いこなせないでいる。最初から扱いのややこしさから敬遠しがちで自ら積極的にその世界に入ることに抵抗感があるのだろうか。確かにデジタルの世界は便利であると感じつつもデジタル技術の進歩がもたらす多機能化がアナログ的思考では追いつけないのがその理由かも知れない。
家電製品の殆どがデジタル技術のお陰でやたらと機能が増えアナログ人間にはとても使いこなせず殆どデジタル化の恩恵を放棄しているに等しい。息子や娘あるいは孫達に操作して貰ってかろうじて文明の利器の便利さを享受しているのが実態だろう。
IT革命が取りざたされた90年代は定年退職を間近に控えた多くのサラーリーマンは管理職として最後の追い込みとばかり仕事に精励していたが実務はすべからく部下が行い面倒なパソコンをいじくり回す等はあり得なかったに違いない。部下から見れば何も出来ない何も知らない上司と思われていたであろうに、その事に気が付かずに退職し自由の身に置かれて初めて情報量の少なさに戸惑い自分では何も出来ないことに気がつく。
実は今高校時代の同級生有志を募り文芸展を8月に開く予定にしている。どういうわけか私がその事務局の代表にさせられ出展者とのコーディネーションをすることになってしまった。総勢24名ほどの出展者だが全員同じ年齢でありディジタルの世界から取り残された典型的なメンバーばかりだ。
連絡にメールも使えず情報の共有化もままならない。致し方なくホームページを作成して情報の共有化を目論んだが考えてみたら殆どの者がパソコンを所有しておらず所有していても部屋の飾り物と化しているのが実態だ。
致し方なく必然的に電話やFAXでのやりとりとなる。これらの機器はデジタルでも手段はアナログ的である。聞き間違いや読み取り難さが発生したり、時間もかかり、費やした時間の割には情報量の少なさに苛立ちが生じてくる。せめて電子メールのやり取りができればどんなに楽な対応が出来るのにとつい愚痴がこぼれてしまう。
やはりアナログ世界で事を運ぶにはある種の忍耐が必要なのかも知れない。そんな事を言いながら銀行のATMの前に立って緊張している自分の姿が奇妙で矛盾しているが、きっとスローライフとはアナログの世界に生きることなのだと自らに言い聞かせ今宵もLPレコードに針を落とし古き良き時代の郷愁に浸っている。
私もやはりアナログ世代ではないか!
セミの初鳴き
7月9日の今朝今年初のセミの鳴き声を聴いた。アブラゼミである。今年は早いのか例年通りなのか過去の記録がないので分からないが感覚的には例年に比べ早いような気がする。
実は今日がセミの初鳴きと言ったが5日前の7月4日に我が家の庭にセミの抜け殻があり近くにミンミンゼミと思われるセミが羽をバタバタしながら悶えている姿を見つけた。孵化の状態が悪かったのか羽が曲がっており飛び立てないでいたのだ。そっと近くの樹に据えてあげたが羽の曲がりは戻らず結局は鳴くこともなく息絶えてしまった。正常に孵化していれば今年のセミの初鳴きは7月4日と言うことになる。余りにも早すぎる。やはり地球は暖かくなってきているのだろうか。
折しも北海道でG8サミットが行われ地球温暖化防止策の議論もされたが国際政治の中では自然現象の現実よりも思惑だけの駆け引きに終始し世界が共に危機感を共有しているとは言い難い状態だ。この先地球はどうなるのだろうか。我が地方も明らかに異変が生じていることを考えると地球の行く末に不安を感じざるを得ない。
実は今日がセミの初鳴きと言ったが5日前の7月4日に我が家の庭にセミの抜け殻があり近くにミンミンゼミと思われるセミが羽をバタバタしながら悶えている姿を見つけた。孵化の状態が悪かったのか羽が曲がっており飛び立てないでいたのだ。そっと近くの樹に据えてあげたが羽の曲がりは戻らず結局は鳴くこともなく息絶えてしまった。正常に孵化していれば今年のセミの初鳴きは7月4日と言うことになる。余りにも早すぎる。やはり地球は暖かくなってきているのだろうか。
折しも北海道でG8サミットが行われ地球温暖化防止策の議論もされたが国際政治の中では自然現象の現実よりも思惑だけの駆け引きに終始し世界が共に危機感を共有しているとは言い難い状態だ。この先地球はどうなるのだろうか。我が地方も明らかに異変が生じていることを考えると地球の行く末に不安を感じざるを得ない。
今日のレコード その(2) Nashville Jam
Nashville Jam
Flying Fish Records (TRIO RECORDS) PA-6346
ジャムセッションという言葉がある。音楽の世界で好き者が集まってその場でセッッション を組み即興的に技を競い合う。ジャズの世界ではこのジャムセッションにより技が磨かれアヴァンギャルド的進化を続けることで現在のモダンジャズの礎にも なってきた。しかしジャムセッションは何もジャズの世界だけではない。ここに紹介するのはブルーグラスのジャムセッションである。ジャム(Jam)と言う英語の意味はパンに付けるジャムの事を意味するが他にも「楽しいこと」あるいは「詰めかける」と言う意味もある。つまりジャムセッ ションとは楽しさを求めて詰めかけたミュージッシャンがセッションを組んで即興演奏を行うことと解釈できるがランダムハウス英和大辞典に寄れば語源は Jamboree(ジャンボリー)を短くしてJamとなった可能性もあると書かれている。
このジャケットは子供がジャムを沢山塗ったパンを頬張っている。食べる「ジャム」と「楽しいこと」をひっかけていて実に面白い。しかし内容はどちらかと言えばJamboreeに近いものがある。
ところで世間ではブルーグラスをカントリーの一音楽として位置付けているがブルーグラスは独立した立派な音楽ジャンルである。その由来は1939年にビ ル・モンローが作ったブルーグラス・ボーイズというストリングスバンドが大変な評判を呼んだことからこの種の音楽をブルーグラスと呼ばれるようになったと 言われている。言わばビル・モンローがブルーグラスの元祖ということになる。
しかしアメリカン・ミュージックのルーツは極めて複雑でありそう簡単に位置付けることは難しい。それはアメリカという国の生い立ちが移民や黒人奴隷の歴史 の中で築き上げられてきていることに絡んでいる。カソリックとプロテスタント間の宗教争いから逃れて新天地を求めてアメリカにやってきたアイルランド系移 民がその中心となるが黒人奴隷達も独自にゴスペルやブルースといった音楽形態で憂う思いを歌に綴り文化を発展させてきた。それらが互いに何処かで融合し現 在のアメリカンミュージックができあがっている。
ブルーグラスもかつてはオールドタイム・ミュージックやマウンテン・ミュージックとしてアパラチア山脈に入植した白人達が母国から持ってきたバイオリンや マンドリンを用いて日常的に母国を懐かしみ思いを綴ってきたに違いない。そんな音楽が楽器の進化や演奏スタイルの進化によって現在のブルーグラスの形態に 辿り着いている。いわば進化してきたのだ。現在ではブルーグラスとジャズが融合してよりスウンギーな演奏スタイルになってきている。ここに掲げたレコード はフィドルの名手ヴァッサー・クレメンツとバディ・スパイカーを中心としたブルーグラス・ジャムであるが実にスインギーな演奏で聴いていて楽しくなる。
Roenoke
Stella's Breakdown
Beamont Rag
Doc's Place
Osmosis
Me And My Fiddle
Rawhide
Long Way 'Round
HCBT Blues
I Wonder Where You Are tonight
Farewell Blues
Roly Poly
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