衝動買いのJazz CD

先日銀座山野楽器で輸入盤Jazz CDのセールが行われていたので衝動買いで4枚購入した。今まで LPレコードを好んで聴き懐古趣味的ノスタルジーに浸ってきたがやはりどう考えてもCDの方が便利で聴きやすい。

LPレコードはかつてオーディオ的興味で購入したものばかりで特定ジャンルを系統立って購入してきたわけではなく揃え方にも脈略がない。もちろん好きなカントリーはオーディオ的価値はないがJAZZのLPレコードはオーディオとしての面白さで購入したものばかりだ。

しかし考えてみたら音の善し悪しまで判断できる程のオーディオシステムを所有していたわけでもなくましてや小さな家屋で外への音漏れを気にしながら聴かなければない我が家では立派なシステムを揃える価値もなく音の質を聞き分けるにはほど遠い環境なのだ。であればむしろCDで気楽に楽しむ方が利に叶っている。
我が家では未だに古いオーディオシステムを騙し騙し使用しているがそれでも充分機能してくれている。

そんなわけで最近は好んでCDを購入しそれもJAZZCDが多い。
そのためかJAZZの面白さがちょっとだけ分かって来たような気がする
評論家の植草甚一が元々モダンジャズはほかの人から教えられて好きに成っていくような性質のものではなく、ふとしたある瞬間、まだ経験したことのないような新しい興奮をあじわったことから、しぜんと好きに成っていくものです。(植草甚一モダンジャズのたのしみ 晶文社)と言っていたのが思い出される。
私もそんな気がしてならない。

因みに今回購入したCDは
1/ JOHN COLTRANE BLUE TRAIN BLUE NOTE
2/ RELAXINユWITH THE MILES DAVIS QUINTET PRESTAGE
3/ THE SCENE CHANGES BUD POWELL BLUE NOTE
4/ MAIDEN VOYAGE HERBIE HANCOCK BLUE NOTE
である。いずれも名盤であり何回聴いても飽きの来ない名演奏であるがそれにしてもちょっと古すぎたかなァ・・・・・。。

友が逝く

親しくさせていただいていた友人が癌で亡くなった。最後の最後まで自らの病状を冷静に見つめ決して諦めることなく癌との闘いをしてきたがついに逝ってしまった。その病状は発病当時から自らブログで紹介し必死に癌と闘うその精神力の強さにはただただ感服するばかりであった。最後のブログ記事は5月4日であったがその時点で既にホスピスの段階に近づいたと記されている。その後ブログには5月19日「娘です」のタイトルで5月18日に亡くなった旨が記されていた。昨夜の通夜はかつての同僚達が多数かけつけしめやかに営まれた。生前の彼の人柄が偲ばれる。悲しくて残念でならない。心からご冥福を祈りたい。
合掌

♪薔薇が咲いた〜

一昨年芝庭の片隅にバラらしき小さな芽が出てきたのを大事に掘り起こして鉢植えにしていた。今年で3年目になるが漸く2輪の花を咲かせた。恐らく野バラ(ノイバラ)と思われるがピンク色で桜の花を大きくしたような清楚な花である。野バラは白色だけかと思っていたのだがピンク色や赤色もあるらしい。ヨーロッパでは逆に野バラの花は赤色を指すようでゲーテの詩「野バラ」では赤色の花がモチーフになっている(お馴染みのシュウーベルトの曲「野バラ」はゲーテの詩に曲を付けたものである)。
詩の中に
手折りて行かん 野中のばら
    手折らば手折れ 思い出ぐさに
    君を刺さん
    紅におう 野中のばら
とあるが,我が家の野バラを観察すると未だ幼木のためか棘らしいものが見当たらない。恐らく更に成長するにつれて棘が出てくるのだろうか。それにしても名も分からず大事に育てた草木が見事に花を咲かせてくれた時ほど嬉しいことはない。
お陰で草木の鉢植えが増える一方だ。


所得税とゴルフ

前回に続いてゴルフの話で恐縮だがアメリカ人の映画スターでユーモリストでもあったWilliam Rodges(ウイリアム・ロジャース)が所得税とゴルフに関連してこんなジョークを言っている。

"Income tax has made more liars out of the American people than golf."
(所得税というものはゴルフ以上にアメリカ人から沢山の嘘つきを作り出した。)

所得税とゴルフを一緒にされてはゴルフ・フアンとってはかなわないであろうが、でも何ともおかしくて納得できる言葉ではないか!紳士のゴルフスポーツに嘘があってはいけないがアメリカでゴルフを脱税と同じ類で例えられていることにこのジョークの面白さがある。

アメリカでは収入の有る全ての人は、それぞれ個人が毎年「確定申告」を提出する事が義務づけられている。そのため毎年度末に如何に申告するかが大きな関心事となり何とか節税しようと四苦八苦する。つまり所得税は全て自己申告制になっており、取られるものを出きるだけ少なくしようと皆節税を試みる。しかし世の中には節税と脱税を勘違いし申告をごまかして脱税する人も出てくる。日本のサリーマンのように脱税したくても出来ない完璧な源泉徴収制度とは大きな違いである。

一方ゴルフのスコアも自己申告制である。プロにとってはごまかし様もないが素人ゴルファーの中には嘘をついて申告する人もいるらしい。特にアメリカでは多いのだろうか。しかし私のように未だにヘタクソなゴルファーにはこの自己申告制は結構辛いものがある。常にパーやボギー程度なら事は簡単だが、スコアアップと称して無理に望めばOBや池ポチャである。挙げ句はバンカーで数回の大叩きとなる。叩いた数が9なのか10なのかはたまた11なのか記憶をたどって数えることは至難である。記憶の正確さに曖昧さが有り申告した数に何となく後ろめたさが残る。いっその事ゴルフも日本式源泉徴収制にしては如何であろうか。

何でこんなに寒いのだろうか

皐月5月なのに何でこんなに寒いのだろうか。昨日も今日もエアコンの暖房を入れて寒さをしのぐ有様である。今週に入って外出が増え、着る者にも苦労させられてしまった。冬物は既にクリーニング屋に出されタンスの中は夏物ばかり。半袖シャツに一旦しまわれたセーターを何とか引っ張り出して着込むもののそれでも寒い。

昨日はそんな寒さの中仲間とのゴルフが行われた。朝早く家を出る段階から雨も降っており当然中止を期待したが幹事は天気図を見ながらこれから天候は回復の方向との事で決行するとの強い意志。やむなくプレイする羽目になってしまった。確かに途中から雨も止み回復の方向ではあったが寒い事この上なくまるで冬の最中のゴルフプレイであった。それでもプレイしていると楽しくなり参加者全員誰一人と文句が出てこないところにゴルフの面白さと不思議さがある。

とは言うもののやはり天候だけは常に気になってしまう。私が参加するゴルフはいつも悪天候で雨男の汚名を着せられているからだ。この歳でゴルフのスコアなど気にしたことはないが自らのスコアの悪さはそのせいかもしれないなどと勝手な言い訳をしつつ内心ではいつになったらスコアアップができるのだろうかと気を揉んでいる。明日からは晴れて暖かさが戻ってくるとのこと。「晴れ男」に変身できるだろうか。

国宝薬師寺展

ゴールデンウイークの最終日、五月晴れに誘われて上野の森へ出かけた。国立博物館で開催されている国宝薬師寺展を見るためである。薬師寺の国宝を見るのは高校の修学旅行で奈良を訪れた時以来で大いに期待して出かけたのだが美術館の入り口は既に長蛇の列で入場するのに30分待ちの状態であった。 

薬師寺の国宝がこれ程一度に寺の外に出て行くのは初めてのことらしく人の多さはこの国宝展が多くの人々に日本の歴史と仏教美術への興味を駆り立ててくれていることの証拠かも知れない。館内は当然ながら大変な混雑振りではあったが多少の窮屈さを我慢すれば十分に堪能できる。

展示されている一つ一つが感動を与えてくれる。そんな中で圧巻はやはり日光菩薩と月光菩薩であろうか。見た瞬間その美しさと顔の穏やかさに言葉にならないほどの感動を覚える。これぞまさしく日本人の心の故郷であり心の癒しの世界であることを感じさせてくれる。

お寺に鎮座している場合は光背があるため像の後ろ姿を見ることが出来ないが展示では光背が取り除かれているため後ろ姿も充分その美しさを見ることができる。遠くから見ても近くから見ても左右から見ても後ろから見ても表情が穏やかで美しく心を癒してくれる。見終わっても余韻の残る展示会であった。


入り口に大きなポスターが貼ってあったものを写真に収めた。


次から次と観覧者が絶えない。



茶番劇

この所世の中が混沌として社会全体の歯車が狂い始めている。食の安全、物価の値上がり、年金問題等々。極め付けは後期高齢者医療制度とガソリン税暫定税率の問題だろうか。政治の無責任さが世の中に濁りを生じさせている。

茶番と言う言葉がある。客にお茶を点てる人のことを指すが一方では馬鹿らしいあるいは底の見え透いた振る舞いと言う意味もある。
政治家なら本来おいしいお茶を点てて国民に一服の安堵感を与える役目だろうが見え透いた振る舞いが横行し茶番劇の世界が繰り広げられている。政治のいい加減さには開いた口がふさがらない。

所で後期高齢者医療制度だが75歳以上は如何にも国に迷惑を掛けているからもっと金を払えと言っているようで余りにも失礼なネーミングではないだろうか。私は未だその年齢に達せず差し詰め前期高齢者の立場だが福祉国家を目指すならお年寄りに暖かく優しい制度であるべきだが如何にも付け焼き刃的で国のあり方が議論されて導入された制度とは思いにくい。国自身が75歳以上の高齢者を厄介者扱いをしていると誤解されても致し方ない。

国の形が定まらず政治家の思惑だけで金の使い道を決め土建国家の形にしがみついて足りない部分は年寄りからふんだくると言っているようなものだ。年金は減ることは有っても増えることはないのに年金から天引きというのもおかしな話である。

本日のニュースで千葉県木更津市では後期高齢者宛の保険証を黒枠の手紙で送ったとのこと。ブラックユーモアとして笑っていられる問題ではない。すべからく行政のお上の意識が如実に出た典型であろう。茶番劇はそろそろ終わりにして欲しい。