大きなお世話のミッシェラン
先日フランスのミッシェラン社による日本レストランの格付け発表がありニュースで大々的に取り上げていた。大方の論調は「さすが日本の料理の腕は世界でも超一流であることが証明された」と言った類であった。日本人の料理の腕前や接客の良さを評価してくれるのはありがたいが、格付けに踊らされている日本人の愚かさが如何にも滑稽である。日本のレストランの格付けを外国の会社が行っていること自身おかしな話であり大きなお世話である。
人の主観に関わる嗜好は千差万別だが美味しさは個々人の味覚と嗅覚により判断され接客の善し悪しの判断は個々人の精神的心の問題である。格付けされたから美味しいとか格付けされていないから美味しくないなどナンセンス極まりない。第一、他人様が勝手に格付けしてそれに従うことほど愚かなことはない。日本人が固有に持つ嗜好の判断を外国人が勝手に決める等は日本人の誇りを失うようなものだ。何でこんな余計なお節介がまかり通るのだろうか。
小説家遠藤周作が生前ある新聞のコラムにこんな事を書いていたのを思い出す。「悪魔という言葉は字引にあるが善魔という文字はいくら探しても見当たらぬ。今日私たちは自分たちの回りに悪魔よりも善魔をたくさんみるようである。・・・・・・彼らは余りに善意である故に己の心にひそむエゴイズムや優越感に気づかないのである。その独善主義のために他人が傷つけられ、不幸になっていることにも無神経である。・・・・・・自分の主義に合わぬ者を軽蔑し裁くと言うのが現代の善魔たちなのだ。・・・・・」
余計なお節介はまさしく善魔の仕業だ。善魔の代表格はアメリカだけかと思っていたがフランスからも忍び寄って来ているようだ。
人の主観に関わる嗜好は千差万別だが美味しさは個々人の味覚と嗅覚により判断され接客の善し悪しの判断は個々人の精神的心の問題である。格付けされたから美味しいとか格付けされていないから美味しくないなどナンセンス極まりない。第一、他人様が勝手に格付けしてそれに従うことほど愚かなことはない。日本人が固有に持つ嗜好の判断を外国人が勝手に決める等は日本人の誇りを失うようなものだ。何でこんな余計なお節介がまかり通るのだろうか。
小説家遠藤周作が生前ある新聞のコラムにこんな事を書いていたのを思い出す。「悪魔という言葉は字引にあるが善魔という文字はいくら探しても見当たらぬ。今日私たちは自分たちの回りに悪魔よりも善魔をたくさんみるようである。・・・・・・彼らは余りに善意である故に己の心にひそむエゴイズムや優越感に気づかないのである。その独善主義のために他人が傷つけられ、不幸になっていることにも無神経である。・・・・・・自分の主義に合わぬ者を軽蔑し裁くと言うのが現代の善魔たちなのだ。・・・・・」
余計なお節介はまさしく善魔の仕業だ。善魔の代表格はアメリカだけかと思っていたがフランスからも忍び寄って来ているようだ。
久し振りにLPレコードを購入
久し振りに近くのジャンク屋に出かけLPレコードを5枚ほど仕入れてきた。 以前はおおよそ1枚2000円から3000円程度した物が最近値下げしたらしく 1枚1000円程度 で売られている。 処分に困ったかつてのレコードファンが大量に放出しているようだ。 特にホワイトレーベル と言われる非売品扱いのレコードが目に付く。 販促目的で出されたホワイトレーベル・レコードだが結局は聴きもしない ガセ音楽評論家が放出したのだろう。 しかしホワイトレーベルのレコードはオーディオファンからすれば 市販品と異なり音質が良いので喜ばれる。 何故なら大量生産(マスプロダクト)する前にサンプル的に プレスされるため大量生産に比べれば 必然的に品質の高いプレスが出来上がる。 もちろん関係者に無料で配布されるため収蔵品としての市場価値は全く無い。 購入した5枚の内訳は以下の通りであるが価格から判断して とても買い得なレコードと言える。
![]() | CharlieMingus Everest Records FS-235 | このレコードは所謂Unauthorized Recordと言われる ヤミ・レコードらしくレコード盤のクレジットが 何となく怪しげである。 種々インターネットで調べてみるとCharlie Mingusは 数多くレコード・CDが出されているにも関わらず このレコードに該当する物が見当たらない。 漸く探し当てた結果 (http://mingus.onttonen.info/details /fantasy/ojc1857.html ) オリジナルは「Jazzical Moods, vol. 1」及び 「Jazzical Moods, vol. 2」 であることが分かった。 レコーディングは1954年とあり当然モノラールの筈だが 曲を聴いてみるとやたらと高音部が 誇張されたような細工が施されておりモノラールを 擬似的にステレオ化している。 ジャケットを再確認してみると 「STEREO」と印刷されており更に ELECTRONICALLLY RE-RECORDED TO SIMULATE STEREOと記されている。 演奏そのものは実にエキサイチングな 感じがして素晴らしいのだが。 |
![]() | Eric Dolphy Copenhagen Concert Prestige 24027 | Eric Dolphyのコペンハーゲンでのコンサートを 録音した物で2枚組である。 それでも1000円だった。 レコード盤がかなり汚れており 入念なクリーニングをしないと針を痛めそうなので 未だ聴いていない。 |
![]() | Eric Dolphy At The Five Spot Prestige 7826 | このEric Dolphyのレコードは ニューヨークにあるジャズ・カフェ 「Five Spot」でのライブ盤で ジャズの神髄はやはりライブである ことを如実に現したレコードだ。 演奏が互いに戦いを始め ているかの如きの 緊迫感があり 延々と続く即興演奏(アドリブ) が素晴らしい。 |
![]() | V.S.O.P. CBS ソニーFCPA611 | V.S.O.P.のこのレコードは結構パチパチ とノイズが出るが演奏部分は 比較的良質な音が出てくる。 V.S.O.P.はかつてマイルス・デービスの グループで演奏していたメンバーが ユニットとして再結成したグループでHerbie Hancock, Freddie Hubbard, Wayne Shorter, Ron Carter, Tony Williamsの5人で形成されている。 実はこのV.S.O.P.の延長線上にある 「The Quartet」のライブを 先月東京フォーラムで聴いてきたばかりである (http://himajinnodoraku. blog82.fc2.com/blog-date-200710.html)。 |
![]() | LA4 MONTAGE 東芝EMI ICJ-80205 | このLA4のレコードはホワイトレーベル版で 非売品と記されている。 LA4(Laurindo Almeida(g)、Ray Brown(b), Jeff Hamilton(ds,perc), Bud Shank(as,fl)) は私の好きなグループで他に数枚所持しているが このレコードは流石にホワイトレーベルだけあって 音質が素晴らしい。 特にBud Shankのフルートが実にクリアーで リズム感溢れる演奏が良い。 唯気になるのはRay Brownのベースが弦と指の擦れ、 あるいはネックと弦の擦れ音がノイズのようで気になる。 マイクセッティングに問題があるのだろうか。 彼らは好んでク ラシック曲をアレンジして ジャズ演奏することが多いがこのレコードにも クラッシック曲を題材にした物が含まれており その中でもB面の Bachianas Brasileiras No.5(ブラジル風バッハ第5番) が実に優美でうっとりする演奏である。 Bud ShankのフルートとLaurindo Almeidaのギターが 雰囲気を盛り上げてとても心地よいアルバムと言える。 |
「東京大学のアルバート・アイラー」
面白いタイトルの本を読んだ。「東京大学のアルバート・アイラー」という上下巻2編に別れたジャズ史解説の本である。本のタイトルだけでは何のことだかサッパリ意味が分からないが東京大学と言う文字だけで買ってしまった。私のような凡人は東京大学という名前に余程のコンプレックスを感じているのだろうか、きっと高尚な内容が満載された本に違いないとつい手が出てしまったのだ。
この本は副題が「東大ジャズ講義録」となっており実際に東大の教養学部の学生を対象に非常勤講師として1年間ジャズ史なるものを講義したその講義録を2冊に編集しまとめたものである。実際に読んでみると結構面白く楽理的見地からジャズの歴史を紐解くように解説している。さすがに東大生を対象にしているだけあって教養学的香りが漂いジャズの歴史を探る上で大いに参考になる本である。
特に著者自身(菊池成孔、大谷能生両氏の共著)がジャズ奏者であるためか楽理的見地での理論が実際的で分かりやすい。前編ではクラシック音楽の歴史に触れながら戦前のスイングジャズから始まってビバップ、クール、モード、フリー、そしてディジタル時代のMIDIと続くその歴史を解説し、また後編ではブルース、ダンス、即興等をキーワードとして音楽との関わりでジャズの歴史を解説している。最もらしい訳の分からないジャズ評論本が多い中では秀逸でありお勧めの本である
ただやたらと難しい言葉やカタカナ言葉が多用され多少の厭味にすら感ずる所もある。相手が東大生のためかこの程度は常識の範疇で処理しているのかも知れないが一般読者から見ればやや煩雑すぎるのではなかろうか。また「アルバート・アイラー」と書かれた本のタイトルが今一つ意味が分からず内容と一致しない。アルバート・アイラーはフリージャズ界で名を轟かせた若きサックス奏者で1970年34歳の若さで亡くなった伝説的ジャズマンである。彼は当時のジャズ界において異端児であったことでこの本の著者も恐らく日本一の東京大学でジャズ史を講義する事自身異端であり東大でアルバート・アイラーの曲を聴かせることも異端であると感じてこのようなタイトルにしたのだろうか。しかしそれらを差し引いても読む価値のある本である。

この本は副題が「東大ジャズ講義録」となっており実際に東大の教養学部の学生を対象に非常勤講師として1年間ジャズ史なるものを講義したその講義録を2冊に編集しまとめたものである。実際に読んでみると結構面白く楽理的見地からジャズの歴史を紐解くように解説している。さすがに東大生を対象にしているだけあって教養学的香りが漂いジャズの歴史を探る上で大いに参考になる本である。
特に著者自身(菊池成孔、大谷能生両氏の共著)がジャズ奏者であるためか楽理的見地での理論が実際的で分かりやすい。前編ではクラシック音楽の歴史に触れながら戦前のスイングジャズから始まってビバップ、クール、モード、フリー、そしてディジタル時代のMIDIと続くその歴史を解説し、また後編ではブルース、ダンス、即興等をキーワードとして音楽との関わりでジャズの歴史を解説している。最もらしい訳の分からないジャズ評論本が多い中では秀逸でありお勧めの本である
ただやたらと難しい言葉やカタカナ言葉が多用され多少の厭味にすら感ずる所もある。相手が東大生のためかこの程度は常識の範疇で処理しているのかも知れないが一般読者から見ればやや煩雑すぎるのではなかろうか。また「アルバート・アイラー」と書かれた本のタイトルが今一つ意味が分からず内容と一致しない。アルバート・アイラーはフリージャズ界で名を轟かせた若きサックス奏者で1970年34歳の若さで亡くなった伝説的ジャズマンである。彼は当時のジャズ界において異端児であったことでこの本の著者も恐らく日本一の東京大学でジャズ史を講義する事自身異端であり東大でアルバート・アイラーの曲を聴かせることも異端であると感じてこのようなタイトルにしたのだろうか。しかしそれらを差し引いても読む価値のある本である。

映画「グッド・シェパード」
今日、映画「グッド・シェパード」を観てきた。朝10:15の開演とのことで朝食を早めに済ませ慌ただしく家を出た。映画館にたどり着いたのが10:05。既に切符を求める客が並んでいる。こんなに早く映画を見に来るのは余程の暇人であろうと自らを棚に上げ漸く切符を手にして中にはいると何と客は数える程度でガラガラである。どうやら殆どの客は最近封切りされた「続Always 3丁目の夕日」を見に来ていたらしい。
所でこの「グッド・シェパード」は最近観た映画の中では結構見応えのある映画であった。第二次世界大戦後の冷戦構造時代に1961年のキューバを舞台にしたピッグス湾事件を題材にしている。亡命キューバ人を訓練してカストロ政権を転覆させようとしたが敵(旧ソ連)に漏れた極秘情報が元で失敗してしまうと言う歴史的事実の裏で、アメリカ(CIA)と旧ソ連(KGB)との熾烈な諜報合戦があり情報漏洩元を探ろうとする主人公の諜報員(CIA)とその家族の悲劇的な姿が描かれている。「家族を守るのか国を守るのか」という諜報部員としての二者択一的な非情さが家族とは何か国とは何かを考えさせる映画でもある。
1961年頃と言えば私は高校生であった。当時の冷戦構造世界の主人公はキューバのカストロ、ソ連のフルシショフ、そしてアメリカのケネディー大統領である。高校生ながらもひょっとしたら第3次世界大戦が始まるのではないかと思えるほど世界情勢は緊迫感が漂っていた。それを何とか防いだケネディー大統領の手腕に大いに尊敬の念を抱いていたが1963年暗殺されてしまった。一説に寄ればピッグス湾事件が引き金にもなっていると言われている。そんな時代の物語である。
この映画を見終えた後ふと思ったのは映画「ゴッドファーザー」にとても似ていると思った点である。映画の最後にスタッフのリストが出てくるが監督がロバート・デニーロで総指揮(?)がフランシス・フォード・コッポラになっていた。何となく納得である。同時に映画のタイトルが「グッド・シェパード」となっているが何故このようなタイトルなのか不思議に思い帰宅後辞書で調べたら「シェパード」は「イエスキリスト」を意味するらしい。映画の中で「CIA」に何故「The 」が付かないのかと言う件(くだり)があり、「God(神)」に「The」が付かないのと同じだと言う場面がある。成る程これも納得である。
所でこの「グッド・シェパード」は最近観た映画の中では結構見応えのある映画であった。第二次世界大戦後の冷戦構造時代に1961年のキューバを舞台にしたピッグス湾事件を題材にしている。亡命キューバ人を訓練してカストロ政権を転覆させようとしたが敵(旧ソ連)に漏れた極秘情報が元で失敗してしまうと言う歴史的事実の裏で、アメリカ(CIA)と旧ソ連(KGB)との熾烈な諜報合戦があり情報漏洩元を探ろうとする主人公の諜報員(CIA)とその家族の悲劇的な姿が描かれている。「家族を守るのか国を守るのか」という諜報部員としての二者択一的な非情さが家族とは何か国とは何かを考えさせる映画でもある。
1961年頃と言えば私は高校生であった。当時の冷戦構造世界の主人公はキューバのカストロ、ソ連のフルシショフ、そしてアメリカのケネディー大統領である。高校生ながらもひょっとしたら第3次世界大戦が始まるのではないかと思えるほど世界情勢は緊迫感が漂っていた。それを何とか防いだケネディー大統領の手腕に大いに尊敬の念を抱いていたが1963年暗殺されてしまった。一説に寄ればピッグス湾事件が引き金にもなっていると言われている。そんな時代の物語である。
この映画を見終えた後ふと思ったのは映画「ゴッドファーザー」にとても似ていると思った点である。映画の最後にスタッフのリストが出てくるが監督がロバート・デニーロで総指揮(?)がフランシス・フォード・コッポラになっていた。何となく納得である。同時に映画のタイトルが「グッド・シェパード」となっているが何故このようなタイトルなのか不思議に思い帰宅後辞書で調べたら「シェパード」は「イエスキリスト」を意味するらしい。映画の中で「CIA」に何故「The 」が付かないのかと言う件(くだり)があり、「God(神)」に「The」が付かないのと同じだと言う場面がある。成る程これも納得である。
今年の紅葉は如何に?
久し振りに紅葉の写真でも撮ろうと朝早めに出て富士の麓の山中湖に出かけた。実は現役時代の同期達と御殿場でゴルフの予定があり、前泊で現地集合とのことであったので、ならばついでにと思い出かけたのだが・・・・。しかし結果は期待はずれであった。
山中湖近辺の紅葉の盛りはいつ頃なのか予め調べもせずに出かけたのがいけなかったのかもしれない。それにしても紅葉する前に枯葉となって落葉している木々が目立ち、紅葉していても深紅の鮮やかさにはほど遠い状態であった。夏の猛暑の影響でこの時期に昼夜の寒暖差が生じる日が少なかったことが原因なのだろうか。
ここ数年同じような傾向があちらこちらで見受けられ、これも地球温暖化の影響かと心配である。
ところで富士山の眺望も期待したのだがこちらの方も雲間から時々顔を出す程度で立派な富士山を望むことができなかった。それでも僅かの間に顔を出した富士山を背景に撮影したのが下の写真である。

山中湖近辺の紅葉の盛りはいつ頃なのか予め調べもせずに出かけたのがいけなかったのかもしれない。それにしても紅葉する前に枯葉となって落葉している木々が目立ち、紅葉していても深紅の鮮やかさにはほど遠い状態であった。夏の猛暑の影響でこの時期に昼夜の寒暖差が生じる日が少なかったことが原因なのだろうか。
ここ数年同じような傾向があちらこちらで見受けられ、これも地球温暖化の影響かと心配である。
ところで富士山の眺望も期待したのだがこちらの方も雲間から時々顔を出す程度で立派な富士山を望むことができなかった。それでも僅かの間に顔を出した富士山を背景に撮影したのが下の写真である。


「エディット・ピアフ 愛の讃歌」
映画「エディット・ピアフ 愛の讃歌」という映画をみてきた。エディット・ピアフと言えば誰でも知っているシャンソン歌手であり、「愛の讃歌」を唱っていることで有名である。日本では「愛の賛歌」と言えば越路吹雪の方が有名かも知れないが本家はエディット・ピアフである。
この映画は彼女の伝記的生い立ちを映画化した物でエディット・ピアフとはどんな人物であったのかを知るにはそれなりに楽しめる映画である。唯アメリカ映画のようにストリーが単純でアクションが中心の映画に慣れ親しんでしまった者にとってはこのフランス映画は何となく異質な感じがしてくる。
映画の中では過去と現在が回想シーンを含めて複雑に入り組み、場面展開がめまぐるしく変化していく。また登場人物も主人公との関わりがあいまいなまま大勢出てきて何が何だか訳が分からなくなってしまう。救われるのは主人公エデイット・ピアフ役のマリオン・コティヤールの演技の素晴らしさと彼女が見事な声量で唱い出す歌の数々がこの映画を引き立たせている点であろうか。
ストリーは幼い頃母親に捨てられ大道芸人の父親は彼女を娼館に預ける。その後父親は彼女を引き取り大道芸人として旅回りをしている内に彼女にむりやり歌を唱わせる。その時唱ったのがフランス国家「ラ・マルセイエーズ」だったが父親の芸より娘の歌の方が客に認められ小銭が集まる。このことで彼女は街頭で歌を唱うようになり、後にクラブのオーナーに偶然認められクラブでの歌手としてスタートする。しかし彼女は酒や薬に溺れ次第に躰を蝕みながらアメリカにも進出し、一躍スターダムに押しあがる。その間愛人のボクサーの死がトラウマのようになり益々荒んでいく・・・・・・・
この映画は主演のマリオン・コティヤールの演技の素晴らしさにより今年のアカデミー賞の候補にも成るかも知れないとの噂もあるが、エディット・ピアフに対する予めの情報を良く承知をしていない日本人から観るととても分かりにくく、ちょっと無理が有りそうな感じがする。しかしフランス人が観るときっと素晴らしい映画ではないかと容易に推察できる。何故なら彼女はフランスでは誰でも知っている国民的ヒロインであり、日本の美空ひばりのような存在だったからである。
話が変わるが「愛の讃歌」という邦題の付け方が余りにもイージーでお粗末過ぎる。題名としての「愛の讃歌」とは何を言いたかったのだろうか。少なくともこの映像の中からは伝わってこない。原題はLa Mome(小さな雀?)となっている。
この映画は彼女の伝記的生い立ちを映画化した物でエディット・ピアフとはどんな人物であったのかを知るにはそれなりに楽しめる映画である。唯アメリカ映画のようにストリーが単純でアクションが中心の映画に慣れ親しんでしまった者にとってはこのフランス映画は何となく異質な感じがしてくる。
映画の中では過去と現在が回想シーンを含めて複雑に入り組み、場面展開がめまぐるしく変化していく。また登場人物も主人公との関わりがあいまいなまま大勢出てきて何が何だか訳が分からなくなってしまう。救われるのは主人公エデイット・ピアフ役のマリオン・コティヤールの演技の素晴らしさと彼女が見事な声量で唱い出す歌の数々がこの映画を引き立たせている点であろうか。
ストリーは幼い頃母親に捨てられ大道芸人の父親は彼女を娼館に預ける。その後父親は彼女を引き取り大道芸人として旅回りをしている内に彼女にむりやり歌を唱わせる。その時唱ったのがフランス国家「ラ・マルセイエーズ」だったが父親の芸より娘の歌の方が客に認められ小銭が集まる。このことで彼女は街頭で歌を唱うようになり、後にクラブのオーナーに偶然認められクラブでの歌手としてスタートする。しかし彼女は酒や薬に溺れ次第に躰を蝕みながらアメリカにも進出し、一躍スターダムに押しあがる。その間愛人のボクサーの死がトラウマのようになり益々荒んでいく・・・・・・・
この映画は主演のマリオン・コティヤールの演技の素晴らしさにより今年のアカデミー賞の候補にも成るかも知れないとの噂もあるが、エディット・ピアフに対する予めの情報を良く承知をしていない日本人から観るととても分かりにくく、ちょっと無理が有りそうな感じがする。しかしフランス人が観るときっと素晴らしい映画ではないかと容易に推察できる。何故なら彼女はフランスでは誰でも知っている国民的ヒロインであり、日本の美空ひばりのような存在だったからである。
話が変わるが「愛の讃歌」という邦題の付け方が余りにもイージーでお粗末過ぎる。題名としての「愛の讃歌」とは何を言いたかったのだろうか。少なくともこの映像の中からは伝わってこない。原題はLa Mome(小さな雀?)となっている。
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