ブロードウエイ・ミュージカル 「カンパニー」

昨夜(27日夜)NHKのハイビジョン放送によるブロードウエイ・ミュージカル「カンパニー」の舞台中継放送に魅入ってしまった。今年のトニー賞(リバイバル賞)を受賞した作品であるが出演者全員に楽器を持たせ演じさせる演出効果が特に素晴らしい。

物語は主人公の独身男性が彼を囲む女友達や友人夫婦達(Company:仲間)との関わりを通して結婚生活の現実を目の当たりにし、結婚そのものに悩む姿を喜劇風に仕立てている。見ながらつい笑いがこみ上げてくる。出演者に楽器を持たせ演奏させるのは楽器そのものが仲間達とのコミニュケーション手段として見立て、唯一楽器を持たない主人公を一人蚊帳の外に置くことで益々結婚に悩む姿を際だたせている。しかし最後には主人公もピアノに向かって弾き語りを始め結婚への思いを歌い上げる。さすがにクライマックスの演出は圧巻である。

しかしブロードウエイ・ミュージカルの素晴らしさを充分に楽しめるのはテレビ画面に映る日本語訳字幕スーパーのお陰であろうか。本場のブロードウエイで見ても果たして理解できるかどうか疑問がある。何故なら夫婦の会話には可成り意味深なところもあり余程の英語力が無い限りとても理解が難しいと思われるからである。
それにしても出演者の芸達者振りには感心させられる。説明では楽器演奏が出来ることを絶対条件としてオーディションを行い採用したとのこと。ブロードウエイ演劇の裾野の広さを感じさせるものだ。

がまがえる

大きなガマガエルが突然我が家の庭に現れた。体長(胴体)15センチは優にあろうか、可成り大きなガマガエルである。

カエルはオタマジャクシから孵るのに近くには一切水場はない。オタマジャクシはどこで生きていたのだろうか?不思議でならない。実は10年近く前、我が家の庭に親子(?)のガマガエルが生息していたが、その後、姿を見せなくなっていた。戻ってきたのだろうか?

見たからにグロテスクなガマガエルは突然目にすると心臓が止まりそうなほどにビックリさせられてしまう。しかし予め心の準備ができていると驚くこともなくむしろ可愛くさえ見えてくるから不思議である。

トカゲも庭のアチラこちらで動き回っている。隣家には蛇も出現し野鳩の卵が襲われてしまったと聞く、空にはカラスやトンビが飛び回り,夜にはアライグマがゴミをあさりに来る。この所我が家周辺の自然環境が複雑化している。喜ぶべきか憂うべきか?


雑草の茂みに穴をあけ居座っている。物に動ぜずピクリともしない。
それでも物の気配を感ずると頭を少しだけ動かし警戒する。

ジャズライブ

昨夜ジャズ・ライブを聴いてきた。東京国際フォーラムで催されたハービー・ハンコック(ピアノ)、ウエイン・ショーター(サックス)、ロン・カーター(ベース)、ジャック・ディジョネッット(ドラムス)のクインテットによるライブである。今時これ程のメンバーによる演奏が聴けるとは思わなかった。

ドラムスのジャック・ディジョネッットを除き他の三人は余りにも有名なジャズメン達であり1960年代マイルス・デーヴィスのグループで演奏していた面々である。特にウエイン・ショーターは曲作りも含めマイルス・グループで重要な役割を担っていた人だ。マイルス・グループの解散以降かつてのメンバーを中心にV.S.O.Pクインテットが構成され活躍していた時期があったが今回はその再来と言えるかも知れない。

期待に胸を膨らませ一心に聴き入ってしまったが、しかし余りにも会場が良くない。会場が大き過ぎPAシステムの偏りや客席の悪さが何となくこの素晴らしい演奏を邪魔しているかのようだ。客席は狭く2時間強の演奏を聴くには可成りの我慢を強いられエコノミック・クラス症候群を心配したくなるほどの窮屈さである。PAシステムに至っては左右のバランスが悪いのか視覚から感じる音の方向と一致せず右側に位置するベースやドラムスが左側から聞こえてくる。目をつぶって聴き入れば問題ないが舞台を視野に入れながら聴いていると何となく違和感を憶えてしまう。

考えてみればジャズ演奏をこんな大きな会場で行うこと自体が既に間違っているのかも知れない。本来ならば演奏者の息遣いを感じながら演奏者と観客が一体感を持ちながら演奏するのがジャズだと思うのだが。クラシック音楽のコンサートを聴くのとは訳が違う。それでも彼らの演奏は実に素晴らしかった。終演後近くの行きつけのバーでジャズの余韻と共に遅くまでお酒に酔いしれた。


秋の香り

我が家の庭の隅に金木犀が植えられている。家の裏にある物置小屋の目隠しの為に植えたもので普段は注目されない裏街道を歩んでいる木だ。主役になれない存在だが、しかしこの金木犀がここ数日で庭中に芳香を漂わせる程の無数の小さな黄色い花を咲かせ始めている。これ程沢山の花を付けるのは珍しい。実に芳しい香りを辺り一面に振りまき一心に主役に躍り出ようと頑張っているかのようだ。我が家に秋を感じさせて立派に主役を務めていると褒めてあげたい気持である。