中秋の名月

今夜は中秋の名月、十五夜の日である。しかし実際に月を観察するとどう見ても満月に見えない。まだちょっと欠けた感じがするのだが。旧暦8月15日は「十五夜お月さん」として満月でなければいけないはずだが? 私の目がおかしいのだろうか。 色々調べてみると十五夜は必ずしも満月とは限らない事が分かった。今年の満月は9月27日らしい。何故なのだろうか。どうも太陰暦(旧暦)を太陽暦に換算する際に生じる誤差が問題のようだ。その年によって異なるが最大で2日ほどの差が出てしまうとのこと。私の目は異常ではなかったのだ。


9月25日午後9時13分29秒に撮影

ドンキホーテの街 ラ・マンチャ

三年前に友人と安いツアー旅行でスペインを旅した。その時にドンキホーテの小説で有名なラ・マンチャ地方を訪れカンポ・デ・クリプターナと言う小さな街を散策した。帰国後その街並みをイラストにしようと取りかかったが余りにも複雑で途中で投げ出してしまっていた。最近になって再度取りかかり稚拙ながらも漸く完成したのがこの絵である。

お絵かきソフト(Adobe Illustrator)を使い輪郭を線で結び色を付けていく。当然コンピュータを使用して色を作り出すため水彩画や油絵のように適当にボカス手法が使えない。もちろんグラデーションの手法を活用すればそれなりに出来上がるが結構大変な作業となる。この程度の絵でもおおよそ2週間かかったであろうか。



この街の抜けるような青空が忘れられない。夢と希望と正義を徹底した騎士道精神で貫くドンキホーテの姿は哀れで滑稽だがこの街で蒼く澄んだ空を見ていると何となくドンキホーテにエールを送りたくなる。

平山郁夫展

久し振りに都心に出かけ東京竹橋にある東京国立近代美術館で開催されている平山郁夫展を観てきた。
約80点の展示で彼の日本画家としての軌跡が一目で分かる素晴らしい展覧会だった。

展示されている絵は仏教に関する物が主流を占め玄奘三蔵のインドへの求法の道やシルクロードを旅した際の思いが描かれている。何れの絵も立体的に見えてくる不思議さが有り遠くから観るとレリーフを見ているかのようだ。

平山郁夫は東京芸術大学の学長の地位を利用して自作絵の販売を行っているという批判もあるらしいが何処の世界にもある妬みの類であろう。画家は絵が売れなければ評価された事にはならない。日曜画家とは違う。日本画がこれ程迫力をもって迫ってくるのはやはり平山郁夫ならではの筆致だろう。お勧めの展覧会である。

最近読んだ本

最近読んだ本に村上春樹の「意味がなければスウイングはない」というのがある。ジャズを中心とした音楽評論の本である。同じような本でやはり村上春樹のジャズ評論本「ポートレイト・イン・ジャッズ」というのがある。こちらの方は私の好きな和田誠のイラストが多数掲載されていてお気に入りの本である。噂では村上春樹はノーベル文学賞に最も近い小説家と言われているらしい。しかし恥ずかしながら私は彼の小説を一度も読んだことがない。それよりも村上春樹という世界的(?)に有名な小説家が何故ジャズ評論なのだろうかと不思議に思っていた。
知らなかったが村上春樹は小説家に成る前はジャズ喫茶の主をやっていたらしい。なるほど道理でと思わせる所が本の中にも随所に出てくる。さほどエキセントリックな評論をしているわけではなく文学者らしい表現力豊かな落ち着いた評論が気に入っている。そう言えば1970年代の剣豪作家五味康祐を思い出す。五味康祐は大変なオーディオ・マニアでアナログの世界をとことん追求した趣味人として知られていた。私の記憶では彼は難聴を患っていながらオーディオの音とその質を聞き分けオーディオ評論を続けていた。やはり小説家であるが故に見事な表現力で評論を行っていた。小説家は言葉の感性が優れているだけかと思っていたが耳の感性も素晴らしのかも知れない。

 

逗子葉山 黄昏

盛夏が過ぎ初秋を迎え始めると回りの風景に何となくある種の淋しさが伝わってくる。特に9月の海はその落差が大きく黄昏感が漂ってくる。あれほど賑わっていた砂浜は「誰もいない海」に様変わりである。
9月に入り我がブログのデザインを変えてみた。タイトルページに拙作「黄昏の逗子葉山」を載せてみた。これからは折りに触れ絵を変えて行きたいと思っている



黄昏の逗子葉山
日が沈み始め、江ノ島の向こうにはたなびく雲の合間にうっすらと富士山が、空には淋しげに夕焼けが・・・・

首相が辞意!?

一国の首相が突然の辞意。政を司る長として余りにも無責任極まりない。最近の若い人の風潮なのだろうか。諦めが早く切れやすい。丸で子供ではないか。この国の将来は本当に大丈夫なのだろうか

ホワイトレーベルの中古レコード

今夏の猛暑の厳しさは我が身を殆ど仮死状態にし、行動力を極端に鈍らせてしまっていた。殆ど外出もせず家に引き籠もりの状態が続き熱中症に気を遣いながらひたすら暑さを耐え凌ぐ日々であった。しかし9月に入り漸く秋の風を僅かながら感じるようになったことで久し振りに近くのジャンク屋に出かけてLPレコードを仕入れてきた。

一枚2千円の物を9枚ほど購入したが、実はこれらのレコードは全て非売品表示のある所謂ホワイトレーベルという代物でる。非売品であるが故に当然小売り市場に乗せられずジャンク品として販売されているのだろうか。帰宅後レコードの状態を調べてみると何れも全く使用した形跡のない新品同様の状態になっていた。

ホワイトレーベルとはレコードの販売促進の目的で市場に売り出す前にレコードショップや音楽評論家等の音楽関係者に配布されるものらしい。
そのためレコードは販促レコードであることが分かるようにレコードのラベル(レーベル)が白色になっている。当然市場的価値はないであろうが音質は良くアナログ・オーディオとしての価値は高い。何と言ってもオーディオファンとしてはこれ程の良質レコード盤が今時2000円で手にはいること自体素晴らしいことではないかと思うのだが・・・・・。

ホワイトレーベルのレコードがジャンク市場に大量に出回ると言うことは評論家達が聴きもしない販促レコードの処分に困り排出処分にしたからに違いない。所詮評論家と言われる人達は聴いていなくとも聴いたような評論を平気で行う人種であり、昔流の言い方をすれば「講釈師見てきたような嘘を言う」の類の人種である。これだけ販促レコードが世の中に出回ると言うことはさもありなんの世界であろうか(まじめな評論家には叱られそうだが)。

その中の一枚を紹介する。
HUB CAP / FREDDIE HUBBARD
A面
1. HUB CAP
2. CRY ME NOT
3. LUANA
B面
1. OSIE MAE
2. PLEXUS
3. EARMON JR.

Freddie Hubbard3作目のアルバムらしい。6人編成でリーダーのFreddie Hubbardがトランペット、Julian Preisterがトロンボーン、Jimmy Heathがテナーサックス、ピアノはCedar Walton, ベースがLarry Ridley、ドゥラムスがPhilly Joe Jonesである。6人編成で3人が管楽器と言うのも珍しい。メンバーも私のような素人には初めて聞く名前ばかりだが。演奏スタイルは可成りファンキーな感じである。

1950年後半ころよりジャズ界は革新性を求めた新しいジャズが台頭してきたと聞いているがこのアルバムは丁度その端境期の物のような感じがする。何となく新しくもあり古くもあると言う感じであろうか。唯聴いているとトランペットが何となくマイルスデービスに近くセッション全体からの雰囲気は何となくアートブレーキーとジャズメッセンジャー的なサウンドがする。それでも私には素晴らしく聞こえるし秀逸のアルバムである。

A面1曲目のHUB CAPがこのアルバムのメインテーマである。HUB CAPとは車輪の車軸部に被せるカバー(キャップ)のことだがタイトルと曲とのイメージが分かりにくい。通常私はレコードを買っても日本語のライナーノート等殆ど読まないがジャケットの裏面に書かれている英文ライナーノートを読んで確認してみたらHUBとはHUBBARDのニックネームで有ることがわかった。更に原文の最後にはこのように書いてあった。

HUB CAP marks important new step in Freddie Hubbardユs career as an ambitious young playing and writing talent. The hub-cap, clearly ready to evolve into a big wheel in musical circle, has never spun to fuller advantage than on these sides.

Hubbardはこのアルバムによって新しいジャズの世界を切り開くための大きな車輪となること目指していてHubと言うニックネームと車輪(Hub)とを引っかけているのである。

ところで日本語のライナーノートは殆ど読まないと述べたが実は読んでも難解で理解できないことが多いからである。特にジャズのレコードにその傾向が強く私のような素人でも理解できるような内容の物は少ない。特に訳の分からないカタカナ言葉が余りにも多すぎ且つやたらと修飾語で着飾る文章には辟易してしまう。何とかならないものなのだろうか?



BLUE NOTEの日本盤(東芝EMI LNJ-80100)。オリジナル盤であればレコード番号は4073となる。


ホワイトレーベル
見本 非売品と印刷されている。更に発売予定日も記されている