映画「ノー・カントリー」は怖かった
3月15日からロードショー封切りされた話題の「ノー・カントリー」という映画を観てきた。今年のアカデミー賞4部門を受賞した映画である。原題は「No Country for Old Men」となっている。R15の指定を受けてはいるもののとても未成年者に見せられる映画ではない。映画を見終わって思わず何とも言えない切なくやるせなくそして社会の不条理さにただただため息が漏れてしまうほど恐ろしい映画である。
ストーリーは、簡単に言えば大金を持ち逃げした男とそれを追いかける殺し屋、そして殺し屋を追いかける老保安官の物語である。1980年代のアメリカ中西部を舞台にしておりアメリカという社会の不条理さを老保安官の目で物語が展開していく。
原題が「No Country for Old Men」となっていることから主人公は老保安官であると思うが殺し屋の存在が余りにも強烈で誰が主人公なのか分からなくなる。殺し屋は大金を持ち逃げした男を執拗に追いかけその過程で自分の理屈に合わない者は何の躊躇もなく殺してしまう。人はここまで非情な姿になれるものかと怖くなる。
人と人の関係が乾ききってしまった社会に嘆く老保安官から見ればアメリカという国にかつてのような情の社会は消え失せてしまい安寧の中で生活できる環境ではなくなったことを映画の中で示唆している。邦題だけでは恐らく映画の主題がわからないかもしれない。監督は道徳観のある伝統的なアメリカ人(Old Man)には既にアメリカそのものが安住の土地ではない(No Country)ことを言いたかったのだろう。
見終わって観客の誰もが一瞬「フッーー」とため息が聞こえてくるそんな映画だ。殺し屋(ハビエル・バルデム)がアカデミー助演賞を取っている。この猟奇的迫真の演技があってこそこの映画の価値があるのかもしれない。それでも私には老保安官のトミー・リー・ジョーンズが良い。監督はコーエン兄弟で監督賞、作品賞そして脚色賞を取っている。
ストーリーは、簡単に言えば大金を持ち逃げした男とそれを追いかける殺し屋、そして殺し屋を追いかける老保安官の物語である。1980年代のアメリカ中西部を舞台にしておりアメリカという社会の不条理さを老保安官の目で物語が展開していく。
原題が「No Country for Old Men」となっていることから主人公は老保安官であると思うが殺し屋の存在が余りにも強烈で誰が主人公なのか分からなくなる。殺し屋は大金を持ち逃げした男を執拗に追いかけその過程で自分の理屈に合わない者は何の躊躇もなく殺してしまう。人はここまで非情な姿になれるものかと怖くなる。
人と人の関係が乾ききってしまった社会に嘆く老保安官から見ればアメリカという国にかつてのような情の社会は消え失せてしまい安寧の中で生活できる環境ではなくなったことを映画の中で示唆している。邦題だけでは恐らく映画の主題がわからないかもしれない。監督は道徳観のある伝統的なアメリカ人(Old Man)には既にアメリカそのものが安住の土地ではない(No Country)ことを言いたかったのだろう。
見終わって観客の誰もが一瞬「フッーー」とため息が聞こえてくるそんな映画だ。殺し屋(ハビエル・バルデム)がアカデミー助演賞を取っている。この猟奇的迫真の演技があってこそこの映画の価値があるのかもしれない。それでも私には老保安官のトミー・リー・ジョーンズが良い。監督はコーエン兄弟で監督賞、作品賞そして脚色賞を取っている。
アカデミー賞決まる
今年のアカデミー賞が決まった。その中で印象深いのが主演女優賞を取ったマリオン・コティヤールだろうか。彼女はフランスの国民的ヒロインであったシャンソン歌手エディット・ピアフの生涯を映画化した「エディット・ピアフ 愛の賛歌」での演技による評価である。
昨年私もこの映画を視たがエディット・ピアフ役の彼女の演技力の素晴らしさに圧倒された思いがある。ただ残念ながら映画作品としての出来映えに私としてはピンと来ない部分もあり積極的には評価できない思いがしていた。関係者の観る目も同じであったのか作品賞としてはノミネートされておらず主演女優賞のみのノミネートとなっていた。
通常主演賞の場合は作品の評価と共にノミネートされるのが一般的だと思っていたが主演女優賞のみのノミネートというのは珍しいのかも知れない。更に異例なのは今年受賞した主演、助演の各賞はどれも外国人で占められておりアメリカ人は誰もいなかった。これも又極めて異例のことではないだろうか。脚本家協会のストライキ等が影響したのだろうか?
昨年私もこの映画を視たがエディット・ピアフ役の彼女の演技力の素晴らしさに圧倒された思いがある。ただ残念ながら映画作品としての出来映えに私としてはピンと来ない部分もあり積極的には評価できない思いがしていた。関係者の観る目も同じであったのか作品賞としてはノミネートされておらず主演女優賞のみのノミネートとなっていた。
通常主演賞の場合は作品の評価と共にノミネートされるのが一般的だと思っていたが主演女優賞のみのノミネートというのは珍しいのかも知れない。更に異例なのは今年受賞した主演、助演の各賞はどれも外国人で占められておりアメリカ人は誰もいなかった。これも又極めて異例のことではないだろうか。脚本家協会のストライキ等が影響したのだろうか?
殯(もがり)の森
5月29日映画「殯の森」をNHKハイビジョン放送で観た。つい先日のカンヌ映画祭で審査員特別大賞グランプリを受賞した河瀬直美監督脚本による映画である。
グループホームに愛する妻に先立たれた認知症の初老の男性が生活をしている。そこに幼子を亡くしたことへの自責の念にかられる若い新人女性福祉介護士がやってくる。ある日その男性の愛する妻の墓参りに新人介護士が付き添うことになるが二人は墓を探すために森の中を彷徨いながらも漸く墓を探し当てる。彷徨う中で男性の取る行動を通じ若い女性介護士は死とは何か魂とは何かを考えさせられ死を受け入れる事で新たな生きる希望を見いだす。
予めの解説を得ていないと分かりにくい映画だが観ている内に人間の魂の根源が伝わって来る様な感じがする。日本人の血の中に流れている情感というものだろうか。人は死して大地に恵を与え又新しい生を迎える。何となく仏教的輪廻の世界を表現しているのかも知れない。秀逸な映画である。
河瀬監督はもともとドキュメント映画を得意としていると聞いている。映画の中でセリフが殆ど無い。否あるが聞き取れないほどの会話である。無言劇に近いものを感じさせる。そのためかカメラ・ワークがまさしくドキュメントタッチの動きであり映像だけで情感を映し出している。「殯(もがり)」という言葉を初めて知ったが死人を祭っている場所を指すらしい。よくぞ付けた題名だと感心する。
劇場公開に先だってテレビで放映されたことに驚きを感じたが最近のNHKにしては英断であり賛辞を送りたい。
グループホームに愛する妻に先立たれた認知症の初老の男性が生活をしている。そこに幼子を亡くしたことへの自責の念にかられる若い新人女性福祉介護士がやってくる。ある日その男性の愛する妻の墓参りに新人介護士が付き添うことになるが二人は墓を探すために森の中を彷徨いながらも漸く墓を探し当てる。彷徨う中で男性の取る行動を通じ若い女性介護士は死とは何か魂とは何かを考えさせられ死を受け入れる事で新たな生きる希望を見いだす。
予めの解説を得ていないと分かりにくい映画だが観ている内に人間の魂の根源が伝わって来る様な感じがする。日本人の血の中に流れている情感というものだろうか。人は死して大地に恵を与え又新しい生を迎える。何となく仏教的輪廻の世界を表現しているのかも知れない。秀逸な映画である。
河瀬監督はもともとドキュメント映画を得意としていると聞いている。映画の中でセリフが殆ど無い。否あるが聞き取れないほどの会話である。無言劇に近いものを感じさせる。そのためかカメラ・ワークがまさしくドキュメントタッチの動きであり映像だけで情感を映し出している。「殯(もがり)」という言葉を初めて知ったが死人を祭っている場所を指すらしい。よくぞ付けた題名だと感心する。
劇場公開に先だってテレビで放映されたことに驚きを感じたが最近のNHKにしては英断であり賛辞を送りたい。
今宵、フィッツジェラルド劇場で
先日に続いて音楽を題材にした映画をみてきた。「今宵,フィッツジェラルド劇場で(Prairie Home Companion)」という映画である。30年余り続けてきたラジオ番組「Prairie Home Companion」のライブショーが今夜で最終回となる。その舞台裏の様々な人間模様を描いている。舞台はミネソタ州セントポールのフィッツジェラルド劇場だ。この映画は現在も続いているラジオ番組「Prairie Home Companion」を題材にしておりその番組の現役司会者ギャリソン・キーラーによる原案脚本である。本人自身も映画の中で司会者役として出演している。主演はメリル・ストリープであるが監督アルトマンの手法で誰が主演なのか分からないほどの入り組み方である。それだけ脇を占める俳優のキャラクターが光っていると言うことだろうか。映画の中ではメリル・ストリープとリリー・トムリンが姉妹デュオ「ジョンソン・ガールズ」を演じ懐かしきカントリーソングを唱っている。司会者ギャリソン・キーラー(本人)も自ら歌を歌いながら司会を進めていく。更に他の出演者も舞台でカントリーを唱い中西部の田舎町の雰囲気そのものにストリーが展開する。カントリーミュージックを題材にした実話に近い映画に仕立てた傑作である。映画の中ではカントリークラッシックとも言える数多くの歌が披露されカントリーファンにとっては胸に迫る映画である。
ところでこの映画の原題は「Prairie Home Companion」であるが日本題では全く違う「今宵、フィッツジェラルド劇場で」となっている。原題のPrairie Home Companionは今でも続いている現役ラジオ番組でありアメリカ人であれば知らない人はいない程の人気番組である。しかし日本人にとって原題ではイメージがわかないだろう。そのために敢えて「今宵、フィッツジェラルド劇場で」に変えたものと思われる。正解である。またカントリーミュージックを理解できないとこの映画の本当の面白さも理解できないかも知れない。カントリー・ミュージックは素晴らしい。もう一度視たい映画である。
ところでこの映画の原題は「Prairie Home Companion」であるが日本題では全く違う「今宵、フィッツジェラルド劇場で」となっている。原題のPrairie Home Companionは今でも続いている現役ラジオ番組でありアメリカ人であれば知らない人はいない程の人気番組である。しかし日本人にとって原題ではイメージがわかないだろう。そのために敢えて「今宵、フィッツジェラルド劇場で」に変えたものと思われる。正解である。またカントリーミュージックを理解できないとこの映画の本当の面白さも理解できないかも知れない。カントリー・ミュージックは素晴らしい。もう一度視たい映画である。
映画「Dream Girls 」は素晴らしかった!!
映画「Dream Girls(ドリーム・ガールズ)」を見てきた。1960年〜1970年代頃のR&B ミュージックを愛する人にとっては見逃すことのできない映画ではなかろうか。今年のアカデミー賞にて最多の8部門にノミネートされた『ドリームガールズ』はブロードウエイ・ミュ−ジカルを映画化したものでアマチュアの黒人女性コーラス・グループがプロの道を歩む中で成功と挫折のストリーが展開されていく。出演者自身が実にエネルギッシュにR&Bミュージックを歌い上げており彼らの歌唱力の素晴らしさに圧倒されてしまう。助演女優賞を取ったジェニファー・ハドソンの迫力有る歌唱力が素晴らしかったが、それぞれの出演者の個性も際だっており、エディー・マーフィー、ジェミー・フォックス、ビヨンセ・ノウルズらの演技力が光っていた。殆どが黒人だけの出演者であり誰が主演なのか分からないほどの出来映えの良い映画である。それにしてもどうして彼らはこんなにも歌唱力があるのだろうか、驚きである。ここに俳優であることの所以があるのであろうか。ところでここ数年ミュージッシャンの自伝的映画が増えてきている。一昨年のレイ・チャールスの伝記映画「RAY」、昨年のジョニー・キャッシュの自伝的映画「Walk The Line」。いずれもアカデミー賞にノミネートされ何らかの賞を取っている。見方を変えればかつての物量作戦による一大スペクタル映画が必ずしもファンを引きつける結果にはならず益々映画が斜陽化することへの反省としてこの種の映画が増えてきたのではないだろうか。音楽ファンにとっては歓迎すべき事である。
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